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勉強って何のためにするの?

目次

こんにちは。青山予備校、柏原です。

今日は少し、

勉強法ではなく、

「そもそも、なぜ勉強するのか。」

について書きたいと思います。

勉強というと、

英単語を覚える。

公式を覚える。

歴史用語を覚える。

問題が解けるようになる。

偏差値を上げる。

志望校に合格する。

もちろん、

全部大切です。

でも、

僕は勉強の本質は、

もう少し違うところにあると思っています。

それは、

準拠枠を広げること。

です。

準拠枠とは何か

英語では、frame of referrenceです。

「判断枠組み」「判断基準」とも訳されたりします。



少し難しい言葉ですが、

簡単に言えば、

「物事を見るときの、自分の中の基準や枠組み」

です。

 

受験業界では、元駿台代ゼミで医学部数学を多く担当されていた数学講師の西岡康夫先生だったり、

黄色リーディング教本で、おなじみ、

薬袋先生のメソッドでも有名です。

(参考書マニア的ですいません汗。)

人は、

世界をそのまま見ているわけではありません。

自分が知っていること。

経験したこと。

教えてもらったこと。

価値観。

そういったものを通して、

世界を見ています。

つまり、

知らないものは、そもそも見えない。

そして見えているものは、人それぞれ違う。

ここが重要です。

ちなみに、京都大学の英語でもかつて、

frame  of referrenceが下線部訳に登場したことありました。

考え方知っていれば有利に働いたでしょう。

本ブログでも、難関大の英語や現代文で必要な考え方、ちりばめたらと思ってますので、

大学受験生是非見てくださいね笑。

同じものを見ても、見えているものは違う

例えば、

琵琶湖を見る。

小学生なら、

「大きな湖。」

と思うかもしれない。

地理を勉強した人なら、

日本最大の湖として見る。

歴史を勉強した人なら、

交通や物流との関係を見る。

生物を勉強した人なら、

固有種や生態系を見る。

環境問題を勉強した人なら、

水質や外来種について考える。

経済を勉強した人なら、

観光資源として見るかもしれない。

見ている琵琶湖は、同じです。

でも、

見えている世界は、

全然違う。

なぜか。

持っている準拠枠が違うからです。

知識が増えると、世界の解像度が上がる

これは、

英語でも同じです。

英語を知らなければ、

街中の英語は、

ただのアルファベットです。

英語を勉強すると、

意味が分かる。

さらに、

文化や歴史まで勉強すると、

「なぜこの表現をするのか。」

まで見えてくる。

数学も同じ。

数学を知らなければ、

数字は、

ただの数字です。

でも、

統計を知れば、

ニュースで出てくる、

平均。

割合。

相関。

グラフ。

こういったものを、

少し違った目で見られる。

だから、

勉強するということは、

単に、

「知っていることが増える」

だけではありません。

「見えるものが増える。」

ということです。

勉強すると「疑える」ようになる

これも、

勉強する意味だと思います。

例えば、

SNSで、

「○○をした人の90%が成功しました!」

という数字を見る。

知識がなければ、

「すごい!」

で終わるかもしれない。

でも、

統計を知っている人なら、

「何人を調査したの?」

「比較対象は?」

「成功ってどう定義したの?」

「相関なのか、因果なのか?」

と考えられる。

知識があるから、疑える。

これも、

準拠枠が広がったということです。

自分の常識が「唯一の正解」ではなくなる

勉強すると、

自分が当たり前だと思っていたことが、

当たり前ではないと気づきます。

歴史を学ぶ。

外国語を学ぶ。

文学を読む。

科学を学ぶ。

違う時代。

違う国。

違う立場。

違う考え方。

そこに触れる。

すると、

「自分はこう思っていた。でも、別の見方もあるのか。」

となる。

これは、

ものすごく大切だと思っています。

勉強とは、

正解を覚えることだけではありません。

むしろ、

自分の中にある「正解」を疑えるようになること。

でもあるんだなと思います。

 

「勉強なんて将来使わない」は半分正しい

よくあります。

「因数分解なんて、

大人になって使わないでしょ。」

確かに、

大人になって毎朝、

二次方程式を解く人は、

そんなに多くありません。

古文単語を、

仕事で使わない人も多い。

でも、

だから、

意味がない。

とは思いません。

数学を通して、

論理的に考える。

国語を通して、

文章を読み、

相手の主張を整理する。

歴史を通して、

今ある社会が、

最初からこうだったわけではないと知る。

英語を通して、

日本語以外の世界に触れる。

つまり、

教科そのものを、

直接使わなくなったとしても、

その教科によって手に入れた「世界の見方」は残る。

偏差値をあげることだけが勉強じゃない

もちろん、

塾なので、

点数も、

上げたい。

志望校にも、

合格してほしい。

そこが大切なところです。

でも、

偏差値60になった。

同志社に受かった。

京大に受かった。

それだけで、

勉強が終わるわけではありません。

むしろ、

受験を通して、

「知らないことを知る面白さ」

を知ってほしい。

「自分にはこれしかない」は、本当にそうなのか

中学生、高校生と話していると、

「勉強苦手なんで、

「自分は文系だから。」

「数学苦手なんで。」

「国公立は無理なんで。」

「自分の高校からは無理なんで。」

という言葉を、

聞くことがあります。

でも、

本当にそうでしょうか。

もしかすると、

単純に、

まだ知らないだけ

かもしれない。

知らない大学。

知らない学部。

知らない職業。

知らない勉強方法。

知らない生き方。

知れば、

選択肢になる。

知らなければ、

選択肢にすらならない

勉強とは「自分の枠」を壊すこと

だから、

勉強とは、

知識を、

自分の頭の中に詰め込むことじゃなくて、

むしろ、

逆です。

自分の頭の中にある枠を壊していくこと。

「こういうものだ。」

と思っていた世界に、

別の見方を加える。

一つしかなかった見方が、

二つになる。

二つが、

三つになる。

そのたびに、

世界は、

少し広くなる。

受験勉強も、世界を広げるための勉強にしよう

受験勉強、もちろん、覚えなきゃいけないこと、たくさんあります。

もちろん、

やりましょう。

受験生なら、

覚えなければいけないものは、

覚える。

でも、

そこで終わらない。

「なぜ?」

「本当に?」

「他の見方は?」

「これは何とつながっている?」

一歩だけ、

踏み込んでみる。

それだけでも、

勉強は、

単なる暗記作業ではなくなります。

難関大学ほど、

勉強を単なる暗記じゃなくて、楽しめているか、本質探求しているかといった、勉強に対する姿勢を問う問題が、多い気がします。(面白い問題も多いですね。。)

 

 

まとめ

勉強とは、

点数を上げること。

偏差値を上げること。

志望校に合格すること。

もちろん、

それも勉強です。

でも、

その先にあるものを、

忘れないでほしい。

知識を得る。

今まで見えなかったものが、

見えるようになる。

自分とは違う考え方を知る。

自分の常識を、

疑えるようになる。

そして、

自分の選択肢が増える。

僕は、

これこそが、

勉強する大きな意味の一つだと思っています。

勉強とは、準拠枠を広げること。

そして、

準拠枠が広がれば、見える世界が変わる。

見える世界が変われば、

選べる未来も変わります。

大学受験は、

そのための一つの機会に過ぎません。

勉強して、世界を広げよう。

その世界の中から、

自分の人生を、

自分で選べるようになるために。